さいたま探訪コース
第3回 さいたま西北部の姿と歴史を知る

大宮水波田観音〜慈眼寺(じげんじ)

慈眼寺写真

 

慈眼寺写真

解説>>

 天台宗の古刹で天長3年(826)創建された。慈覚大師円仁が東国普教の折、開山した。当寺は古くから観音霊場「水波田観音」として信仰を集めた。自然の要塞と呼ばれる地形に位置し、このために戦国時代は軍事的拠点としての役割を担ったため戦火に焼かれ衰廃し、また復興するという歴史を辿る。江戸時代は徳川家康の民心安定策の一環として寺領十石を安堵された。明治になり全国に「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」の嵐が吹き荒れたが、当寺は難を乗り切り今日に至る(旧大宮市125寺のうち79寺が廃絶)。

 八百比丘尼(びくに)伝説・・・天武天皇の御代、若狭国に通鴻という人がいた。ある日海辺に出ると、いつの間にか見たこともない楼閣に招かれ馳走を受けた。後に龍宮城であることを知った。家に帰り寝ているすきに娘が龍宮からの土産を食べてしまい、その後娘は年を経ても容貌は全く変わらず、美しいままだった。娘は誰にも嫁がず徐髪して尼となった。比丘尼となった彼女は諸国を遍歴し、荒れた社寺を修復するなどの活動を行った。八百歳の時に当地に立寄り庵を結び、残り200歳の命を当地の殿に奉じ亡くなった。

所在地>>

さいたま市西区水判土

アクセス>>

JR「大宮駅」よりバス 二ツ宮行き「水判土」下車徒歩1分

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