さいたま探訪コース
第2回 見沼の姿と歴史を知る(2)

大宮宿(おおみやじゅく)

大宮宿(現在)写真

解説>>

 中山道大宮宿の規模は、浦和宿、上尾宿よりやや大きい宿場であった。天保年間の記録には、戸数319軒、人口1508人、旅籠(はたご)25軒、問屋4軒、人馬50人50疋、本陣1軒、脇本陣9軒。脇本陣9軒は中山道69次の中で最高の軒数である。本陣は臼倉新右衛門がつとめていたが、文政期以降山崎喜左衛門がつとめた。
 現在高島屋が建っている場所は、大宮宿の草分け、寿能城家老北沢家の屋敷跡である。同家は紀州候の鳥見役として御鷹場本陣と宿駅の脇本陣と兼ねた。明治2年1月〜8月の間大宮県の仮庁舎。その後末吉座と都座劇場ができて、鉄工組合(日鉄大宮工場)の労働組合演説会がしばしば開かれた。片山潜、木下尚江、幸徳秋水らが演説、労働運動のメッカとなった。また一番街は戦後いち早くできた商店街である。

所在地>>

さいたま市大宮区・北区

アクセス>>

JR「大宮駅」東口より徒歩2分

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