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   二七市場跡
二七市場跡写真

 浦和の市(いち)の起源は室町中頃といわれる。江戸期には毎月6回、二と七の日に定期開催された(近隣では与野:四と九、大宮:五と十、蕨:一と六、鳩ヶ谷:三と八)。毎月6回開かれる市を六歳市(ろくさいいち)といった。主な取引品は穀物と木綿布。
  明治・大正時代も六歳市は開かれ、昭和初期は農機具、食糧、日用品などが売られた。

市場定杭
 石祠・・・市の証 「御免毎月二七市場定杭 足立郡之内浦和宿 天正十八年七月日」
 十返舎一九・・・「しろものを 積みかさねしは商人の おもてうら和の宿のにぎわい」

関東市場取締役 星野権太兵衛
 浦和宿本陣星野家の祖。豊臣、北条の岩槻合戦の時、星野親子(甚内・権太兵衛)が秀吉側の武将浅野長吉(後の長政)の道案内を務めた。その功により、権太兵衛は浦和宿の市場開設を許され、さらに関東市場取締役を命じられた。
慈恵稲荷神社
 浦和宿上町の人々が祀った稲荷社で、二七の日には鳥居を中心に南北二町の範囲で市が立った。
 大正末期に社殿の増改築が行なわれたとき、「慈恵」が冠された。別当は隣接の成就院(玉蔵院の末寺で平成2年復興、通称上寺)。

所在地/さいたま市浦和区常盤
アクセス/JR北浦和駅または浦和駅西口より徒歩15分
浦和小史
■出発/北浦和駅
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北浦和駅周辺
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北浦和公園・浦和北公園
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二七市場跡
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浦和宿本陣跡
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裏門通り周辺
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玉蔵院
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埼玉会館・浦和図書館
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調神社
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■到着/浦和駅
慈恵稲荷神社写真

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